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2020.06.29

こころにひっかかっていること。

 

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「妊娠しにくいのって、なんでなんだろう」

「あの人はすぐ妊娠したのに…」

「年齢って言われるけど、同じ歳でも妊娠する人いるし…」

 

そんなことが頭の中をめぐるときに

「もしかして、昔、中絶したから、

 神様が私をお母さんにしてくれないのかなあ」

「実は夫とのセックスは心地よくなくて、

 本当にいいセックスじゃないから妊娠しないのかなあ」

「私、たぶん、発達障害なんじゃないかなあって、

 そういう特性があると思っているんだけど、

 それで妊娠しにくいんじゃないかなあ」

というような、

今までの出来事、自分の中でひっかかっていることを、

妊娠と関連しているのでは

と、思うこともあるようですね。

中には、わりと確信をもって

関係していると考えている人もおられます。

 

妊娠の可能性のある生活をしているのに

なかなか妊娠しないと

どうして妊娠しないのか、納得できないですよね。

 

そんなときにさっきのような考えが浮かぶのだと思いますが、

もしかして、本当は、100%そのせいだとは思っておられないかもしれません。

同じような経験をしている人でも

妊娠されている人もおられることもご存知でしょうから。

そういうこともわかっていても、

自分はそういうことで妊娠できないかも、と

考えてしまうような状況なんだなあ、と想像しています。

 

そういうときって

自分の中で心にひっかかっていることが

にょきっと顔を出すのですよね。

 

誰だって心にひっかかっていることや

自分ならではだと思っている特性や傾向、

生活の環境、家族関係、人との関係、

いろんなことがあるとは思うのです。

 

そういったことって

何か別のことで不安だったり自信をなくしたときに

こころをざわつかせる要素になったりします。

 

今からの妊娠には直接関係のない出来事でも

ざわざわすることについては、

自分なりの落としどころや受け止め方、もしくは対処などを

考える機会を作ってみられるのも大切なことだと思っています。

一緒に、整理したり考えたりしましょう。

 

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 

 


2020.06.22

頑張ってくれて、ありがとうね。

 

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わたしたちの臓器って

わたしたちが生まれてからずっと

働いてくれています。

 

体内に何か異常があると

お腹が痛くなったり

おしっこの回数が多くなったり少なくなったり

心臓がバクバクいったりして、

私たちに教えてくれます。

 

そうやって働いてくれるのがあたりまえみたいで、

例えば、便秘になったときに

「私の腸、ダメだな」とか、

排卵が遅れたり、生理が来たときに、

「私の子宮・卵巣は、他の人よりダメなのかな」

といった考えが、

ふと浮かんだりすることもあると思うんです。

 

「正常に働いていない。ダメだな。」

 

私も、わりと、

ここの臓器が弱いとか

ここの臓器が人並みじゃないとか

思っていました。

 

ところが、この間、ふと、

「いやいや、全然ダメじゃないわ。

 むしろ、ありがとう、やわ。」

と、いう感覚が、ふわっと沸いたんです。

そしたら、身体がゆるんだ感覚が、確かにあって、

ゆるんだ感じを味わって初めて、

「そっか、そんなに緊張させていたのか」

と、びっくりしました。

 

ずっと私を支えてくれている臓器のみなさんは、

もともと、私がもって生まれた機能状態に、

私の生活習慣やストレスなどの影響も引き受けて、

それでもその時のベストを尽くしてくれているのでしょう。

そう思いを馳せると

なんて、ありがたい!

という気持ちになりました。

 

実際に私の臓器と会話できるわけでもないですし、

私が臓器に対してどう思うのかということで

何かが変わるのかどうかは

今の私にはわかりません。

「ダメだ」と思っていようが

「ありがとう」と思っていようが

臓器としては一緒かもしれません。

 

けれど、「ありがとう」と自然に思って、

その時に、本当に身体がゆるむ感覚があったことも、確かです。

しばらく、それぞれの臓器にはありがとうを伝えて、

少し異常なことが起こっても

「今はそうなんだなあ。

 頑張ってくれてありがとうね。」

と、ただ受け止めながら過ごしてみようと思っています。

 

 

 

臨床心理士   間塚

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2020.06.19

7/21 髙島医師休診のお知らせ

7/21(火)髙島医師の診療は休診とさせていただきます。

尚、森院長の診療は通常通り行います。


2020.06.15

あたりまえの有り難味。

 

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この間、知人が数日不在にしていて、

知人は猫を3匹飼っているので、

その間は、知人の知り合いが輪番しながら

様子みにいくことになりました。

 

私も友人と一緒に様子をみにいったのですが、

ドアをあけた瞬間から

いつもと空気が違っていました。

なんというか、

空気が滞っているような

そんな感じがしました。

一緒にいた友人も

同じ空間にいるのに知人がいないだけでこんなに違うのか、

と、驚いていて、

「たましいは、その場所に宿るんやねえ」

と話す声色からは、さみしさが伝わってきました。

 

猫たちの様子もいつもと違ってみえて、

鳴き声はか細く

目に力はなく、

いつもよりコミュニケーションを

取ろうとしてこなかったように感じました。

 

猫には言葉が通じないので、

この状況を理解してもらうこともできないし、

私はとても切ない気持ちになりました。

 

知人が無事に帰ってきたので

また友人と一緒に訪ねると、

知人が戻ったその空間は

いつもの場所に戻っていました。

猫たちはいつもとおり、

場の安心感を土台に

のんびり眠ったり、

知人に文句を言ったり、

ひざに乗ってきたりしました。

私は、とてもホッとしました。

 

帰ってきた知人に友人は、

「いない時に来たこの空間は、トラウマ体験やったよ」

と、言いました。

私も「日常って大事やねえ」と言うと、

知人も「ほんと、そう」と言いました。

知人は、不在だったときのこの空間を

全く知らないわけですが、

知人は知人で

離れてみて思ったことがあったのかな、

と思います。

 

日々の暮らしであたりまえになっていることは

普段はあまり意識しませんよね。

怪我をしたり風邪をひいたときに

「なんでもない毎日はありがたかったなあ」

なんて、思ったりしますけど。

そうなってみないと

いつもあたりまえにあると思っていることが

どれだけありがたいことが

実感しにくいように思います。

そして、こういう感覚って

普段どおりの暮らしに戻ると

また薄れていってしまうのですよね。

 

大切にしたいことって、

ちゃんと

日々の中に

あるものなんですね。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 

 

 


2020.06.09

自分のクセや傾向に、さようなら。

 

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40歳代後半の友人が

「最近やっと、こころのバランスがとれるようになったわ」

と、話してくれました。

 

私が会うときの彼女は

いつもいろんな人とよく話されているし、

好きなことへは一直線で、

バイタリティのある印象でした。

彼女の人生の中で大きな決断をされたときがあって

そのときは周りの方との関係で感情的になられてはいましたが、

彼女自身の内面について、

彼女がどう思っていたのかということまでは

私は知らなかったのです。

 

彼女が伝えてくれたことによると

彼女はこれまで、周りの人の一言に傷ついたり

影響を受けたりすることが多かったそうです。

例えば、彼女は自営業なのですが、

同じく自営業の知り合いが

「お店、忙しいわ~!!」

と言っていたら、

「私はもっと頑張らないといけないんだ…」

と、比べてしまったり、

親しい友達ではなくても親身に関わっては

励ましきれなくって落ち込んだりしていたのですって。

「自分を自分以外のことで許容オーバーにしてたんよ」

と、気づいたことを教えてくれました。

 

彼女が具体的に話してくれて初めて

私は彼女が背負ってきたこころというものを知りました。

他人が内面でどういうことを思っているのかは

話してもらわないとわからないものですね。

 

友人は、

「やっと人と比べなくなった~!

人間関係も、

『本当に親しい人じゃなければもう関わらなくてもいいかな』

って、気にならなくなったら

やっと楽になった!」

って言っていました。

そんな友人のすっきりした顔が

とても素敵でした。

 

こころを病むというのは、

「いつもの自分とは違った精神状態」のことかと思いますが、

こころが病む、病まないでなく、

多くの方が自分のこころというものをもてあそんだり

「私はどうしてこういうふうに思うんだろう?」

と、考えたりしているものではないでしょうか。

 

誰にでも自分の傾向やクセがあります。

それをどう生かすのか

折り合いをつけるのか

もしくは捨てていくのか、

どんなアプローチをしていくか、で

生き方がずいぶん変わっていくと思います。

今の自分の考えや価値観は、

全部「私が正しいと思っていること」というわけではなくて、

育ってきた過程で身についてしまった

持たなくてもいい信念みたいなものだってあるはずだから。

自分が本来の自分でいられるように

アプローチしていきたいな、と

彼女をみていて思いました。

 

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 

 

 

 

 


2020.06.01

帰国者・接触者相談センターおよび一般電話相談の県統一窓口を設置(新たな目安)

2020年5月8日

新型コロナウイルスに感染の疑いのある方を帰国者・接触者外来に適切につなぐため、帰国者・接触者相談センターを、また、感染予防法など県民からの一般相談に対応するため、一般電話相談窓口を、それぞれ令和2年2月4日より設置しているところですが、相談件数の増加に対応するとともに、保健所業務の負担軽減を図るため、このたび本庁と県所管保健所の相談窓口を一元化し、下記のとおり統一窓口を設置することとしましたので、お知らせします。
※呼び出し音が鳴らない、無音の場合は通話中ですので少し時間をおいておかけ直し下さい。

PCR検査相談目安見直し「37度5分以上」表記なくす  厚労省

※上記、条件を満たす場合は、厚生労働省より「帰国者・接触者は相談センター」に電話することの指導がありました。
更新日時:2020年6月1日(午前8時)

 

受診に関する相談(帰国者・接触者相談センター)
【県相談窓口(草津・甲賀・東近江・彦根・長浜・高島保健所)】
〇滋賀県健康医療福祉部薬務感染症対策課
 TEL:077-528-3621(平日、土日祝、24時間)
 FAX:077-528-4865
 E-mail:s-support@office.email.ne.jp

【大津市保健所(大津市にお住まいの方)】
〇大津市保健所
 TEL:077-526-5411(8時40分~20時00分)
 TEL:080-2409-1856(20時00分~翌8時40分)
 FAX:077-525-6161
 E-mail:otsu1443@city.otsu.lg.jp

 

その他新型コロナウイルス感染症に関する電話相談窓口
(一般電話相談窓口)

【県相談窓口(草津・甲賀・東近江・彦根・長浜・高島保健所)】
〇滋賀県健康医療福祉部薬務感染症対策課
 TEL:077-528-3637(毎日、8時30分~17時15分)
 FAX:077-528-4865
 E-mail:corona-soudan@pref.shiga.lg.jp

【大津市保健所(大津市にお住まいの方)】
〇大津市保健所
 TEL:077-522-7228(平日、8時40分~17時25分)
 FAX:077-525-6161
 E-mail:otsu1443@city.otsu.lg.jp

 

【お問い合わせ】新型コロナウイルス感染症対策班 TEL:077-528-3657


2020.05.29

男性不妊外来再開のお知らせ

6月17日(第3水曜日)より男性不妊外来を再開させていただきます。


2020.05.21

小さな「できた」

 

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少しずつ、外出自粛の動きが緩和され、

営業再開するお店が出てきましたね。

しばらくの自粛要請があって

外出する用事は大幅に減ったので、

時間に追われる感覚が

少なくなっていました。

時間があるっていいですね。

 

私は普段、だいたい「今日はこれとこれをやって…」と、

段取りを立てることが多いのですが、

段取り通りに済まそうとバタバタしたり

「まあいっか」と段取りを放棄したりしていました。

なので、段取り生活をやめて

優先順位をつけてみることにしました。

そして、一番優先したいことをするために

他にやりたいことはとりあえず置いておくことにしました。

 

そうすると

その日一番優先したいことを

ほぼ毎日できるようになりました。

もちろん、他のことは手付かずだったりするのですが

それでも、「できた!」と思えるのです。

「ああ、あれもしようと思ってたのに、できなかった…」

と、“できなかったこと”に目が向くのではなく、

“やろうと思ってできたこと”に目が向くようになりました。

 

あれも、これもと、効率良く生活することも

時には助かるし必要なこともあります。

また、生活が戻ってきたら

そんなふうな暮らしに戻っていくかもしれません。

けれど、身体は一つしかないんだから、

無理せずにできる範囲のことを

味わいながらやっていこうかなあ、と思っています。

 

みなさんは、どんな変化がありましたか?

治療をおやすみされているみなさんも

たくさんおられます。

おやすみされたみなさんも

通院されていたみなさんも、

選ぶのにどちらも勇気がいったことと思います。

まだまだ気をつけながらですが、

ぼちぼちやっていきましょう。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 


2020.05.18

体外受精の説明会の件

コロナウイルス感染症拡大防止のため「一般治療および体外受精の説明会」を中止しておりましたが、説明会のビデオをクリニック内にて診療日の午後に視聴していただけるようになりました。ご希望の方は事前に予約をお願いします。


2020.05.08

幡野広志さんのこと。

 

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GWが終わりました。

お家でまったりな連休で

時間がたっぷりあったので、

ずっと気になっていた

幡野広志さんの “なんで、僕に聞くんだろう。”

という、ネット連載を読んでいました。

 

幡野広志さんは1983年生まれの写真家、狩猟家さんで、

2017年に多発性骨髄腫という血液のガンを発症され、

余命3年を告げられています。

幡野さんが病気のことを公表されると、

なぜだかガンの相談だけではない

ありとあらゆる人生相談が幡野さんのところに集まってきたので、

そういった相談に答えておられる連載が

“なんで、僕に聞くんだろう。” です。

 

幡野さんの答えは、

どちらかというと

「はっきり言いますね~」

という感じの答えなのですが、

相当細やかに

相談者さんや周囲の在り方に想像を巡らして

相談者さんへの想いや意見を仰っていて、

その真摯さにとても感嘆して読んでいました。

 

誰かの思考や気持ちはその人のもので

その人の気持ちはその人にしか分からないものですが、

誰かの似たような体験、似たような感情は

他にも思い当たる人がいるものです。

きっと、たくさんの人がこの連載を読んで

自分を勇気づけたり、

一歩踏み出そうと思ったり、

こだわることをやめたりしているのだろうなあ、と想像できます。

もちろん、私もそのうちの一人です。

 

この連載の中で、次のような内容の相談があります。

 31歳のとき、不妊治療の末に授かった男の子を死産しました。

 体外受精まで進んでも結果が出ないなかでの自然妊娠でした。

 その後、仕事をやめて治療に専念しましたが、

 妊娠することはできないまま、35歳になりました。

 治療期間は8年、費用はトータルで1000万にも及び、

 そろそろ終了しなければならない、すべてやり尽くしてしまった、

 そんな気持ちです。

 精神的にも疲れました。

 ここまでなんだか色々なものを失いました。

 喪失感を、治療を頑張ることで、先への希望で埋めてきたのです。

 夫との仲は良好で、この先2人でもやっていける、と言ってくれます。

 でもなかなか元気が出ず、今でも塞ぎ込むことが多いです。

 失った赤ちゃんを思って悲しいのか、罪悪感なのか、

 努力した治療の結果が出なかったことを怒っているのか、

 わからなくなります。多分全部です。

 今は夫と仲良く過ごせるだけでも、幸せ。心からそう感じています。

 楽しくて2人で笑うことも多いです。

 でも辛い気持ちは毎日のように襲ってきて塞ぎ込んでしまいます。

 いつか楽になれる日はくるのでしょうか?

              (ポムポムプリン 35歳 女性)

引用:cakes「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。」 2020年1月20日掲載

 

有料記事なのですが、

途中までなら無料で読むことができます。

https://cakes.mu/posts/28551

 

幡野さんの回答は

幡野さんの言葉で読まれたほうがいいと思うので

ここでは控えておこうと思います。

私が変にまとめてしまって

本来伝えたかった幡野さんの想いが

幡野さんのものでなく伝わってしまう可能性を避けたいからです。

 

この記事を読んで、いろんなことを思ったのですが、

今日のブログはいつもより長いのに、感想まで書くと、

「え?どんだけスクロールするん?」

という長さになってしまうので、一点だけ書いてみます。

 

不妊治療のこともガン治療のことも

もしかしたら他のいろんなことも、

自分が経験している苦しさ、悔しさ、悲しさといったものは

経験していない人にわかってもらうのは難しいことじゃないか、と思います。

内容は違っても、

「誰にもこの気持ちは話せない」

「話しても分かってもらえない」

「話したら、全くそぐわないアドバイスをされる」

という経験は、多くの方がしているのではないでしょうか。

そういった経験はしているはずなのに、

誰かの相談にのるとき、

なぜだか、自分が相談する立場だったらば、

「この人に言わなければよかった」

と思うような聴き方になってしまうことがよくあると思うのです。

そうなってしまう理由のひとつは

「役に立ちたい」という想いだと思っていて、

そこで、「励ます」という行為が出てくるのですが、

誰かがが誰かを励ましているときって、

相手じゃなくて自分を正当化したい気持ちが

大きくなっているような気がします。

「励ます」ことって、

「頑張って!絶対大丈夫だから!」とか、

「少しくらい休んでみたらどう?」とか、

聴き手の “良かれと思って”を

言葉にのせることではないはずなのですよね。

 

本当に、相談した人は、

「励まして」ほしいのか。

自分がどういうふうに聴けば、

相談した人にとって

本当の励みにつながるのか。

そういった想像に力を入れると

本当に「役に立てる」かもしれないなあ、

ということを、記事を読んで考えていました。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 

 


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