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2019.01.09

おやすみの力。

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年末年始のおやすみも終わって

生活がそろそろ通常運転に戻ってきた頃かと思います。

 

いつもより長めに休んだあとの日々の暮らしは

それまでは気になっていたことがそこまで気にならなくなっていたり

今までとは違った視点をもっていたり

臨むことに対して意識が高まっていたりといった変化があるように思います。

 

そういった変化に出合うと、

自分の中ではそれほど大きなこととは思っていなかった毎日の蓄積が

意外と自分のこころを不自由にさせていたんだなあ、と気づきます。

自分で自分に厳しい評価をしていたり

他人に対しても自分の常識や価値観を求めてしまったり

いろんなことで窮屈になっていたなあと、気持ちが改まりました。

 

しばらくのお休みの間、

年の変わり目もあって1年を振り返ったことや

時折しか会わない人たちに出会ったこと

何も起こらずに時間が過ぎていくことをありがたいと思ったことなど、

いろんなことがある中でいろんなことを想ったり実感していました。

日常と違った時空間や環境にしばらく身を置くと、

日常に戻ってきたとき、日常自体は結局いつもどおりだったとしても

自分の挑み方や居方が違ったりしているなあ、と変化を楽しく感じました。

 

みなさんも年末年始の関係で

今周期は体外受精をおやすみされていたり

通院自体をおやすみしている方もおられるので、

いつもと違う周期が入ることでこころにも変化があったと思います。

いつもと違った視点から今の自分の状況を見つめてみたり

いつもこなしていることを休むことで生まれるゆとりを感じたりされている方も

いらっしゃるのではないでしょうか。

 

「治療をやめたら授かった人がいるんです。やっぱりストレスってよくないのかな」

と心配されている方がおられます。

治療をやめて授かった方の中には

治療のストレスから離れたこともあって授かられた方もいらっしゃれば、

そのときたまたま妊娠できる環境が整った方もいらっしゃると思います。

ストレスでどれだけの影響を受けているのかは人それぞれなのですが、

こうやって少し“いつもとは違う時間を過ごしてみる”ことで

いつもの自分がどういう状態か感じてみて

また次から新たな気持ちで過ごしていくことは有意味なことかもしれませんね。

 

今年もみなさんのいろんな想いの傍らに居られたらと思っています。

みなさんそれぞれの今の想いを伝えにいらしてくださいね。

 

 

臨床心理士 間塚

 

 


2018.12.28

かけがえのないたくさんの幸せ

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「子どもがいないと幸せになれない」と、

ある方が仰いました。

みなさんの中にも、同じように思っておられる方がいらっしゃるかと思います。

 

「子どもがいることで感じることができる喜びを感じたい」

「他の人が当たり前に授かっているのだから、私も同じように授かりたい」

「妊娠に向けてすごく頑張っているのだから、報われたい」

そういった想いは、妊娠を願う日々の中で自然に抱くものですし、

授かったら、今ある不安やくよくよしちゃう気持ちが“パッ”と晴れるでしょうね。

「授かったら幸せ!」と思う気持ちも当然だと思います。

 

私の先輩からの5年前の年賀状に、

“幸せは、日々の中にかくれています”というメッセージが添えられていました。

(補足ですが、先輩は以前、妊娠のために通院されていた経験があります。

 5年前も今も、旦那さんとお2人で過ごされています。)

当時の私は

幸せは手にいれるものだと思っていたのか、

過ごせている毎日や出会う人との関わりを当たり前と思っていたのか、

“言われていることはわかるけど、実感できない”という感じでした。

 

それから、何年か歳を重ねていく中で、

幸せって、幸せを感じる瞬間に向かって努力して満たされることだけでなく、

本当になんでもない日々のふとした瞬間に「ああ、私、幸せだなあ」と感じるものだったり、

「ああ、この人とこういう時間を過ごせて、私は幸せだったなあ」

と、振り返ったときにしみじみ感じるものなのかなあ、と思うようになりました。

私は、「ああ、ありがたいなあ」 「こういう瞬間ってあったかいなあ」と感じたときに、

幸せを実感しています。

 

私は、人間として暮らせる生活環境が保障されていれば

幸せを感じるための条件はないと、今は思っています。

どの人にもその人の人生でしか味わえない幸せが

自分で実感しているよりもたくさん散りばめられているように思います。

それを、幸せと受け取る状態に今いるかどうか、それ次第かな…と。

 

さて、年の瀬ですね。

掃除や年越しの準備にお忙しいと思いますが、

今年もきっとたくさん隠れていたであろうかけがえのない幸せについて、

よかったらぼんやり思い巡らしてみてくださいね。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 


2018.12.15

イライラの正体

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普段の暮らしの中で、ちょっとしたことでイライラしちゃうことは、

誰にでもあるかと思います。

 

この間、友人としゃべっていたのですが、

友人が自転車を漕いでいたら、導線上を前から人が歩いてきたんですって。

友人は、避けようとしたのですけど、

車も走っていたので、歩いてくる人もある程度気を遣ってくれなければ

スムーズにはすれ違えない状況だったんですね。

けれど相手は避けようとしてくれずに、急ブレーキをかけることになったんです。

その時に、「私が来るのわかってるのに、なんで避けてくれないの?」と

相手の人にイラッとしたそうです。

 

おもしろかったのは、この後、友人が、

「でも、人じゃなくて、例えば、木が倒れていて邪魔だったとしたら、

そこまでイライラしないで止まったり避けたりしたと思う。」と言ったことでした。

友人は、避けたり、止まらなければならないことにイライラしたわけでなく、

相手が同じように状況を把握して気を遣ってくれなかったことに

イライラしたんですね。

人って、期待したことが叶わなかったときに、

イライラしたり、悲しい気持ちになったりするものです。

 

振り返ってみると、私たちは、無意識のうちに、

「こういうとき、たいていの人はこうするはず」 

「こういう立場なんだからこうするべき」

という信念を抱いて、相手に求める傾向があります。

「夫なんだから、一緒の気持ちで妊娠に協力するべき」

「親なんだから、子どもが困っていたら助けてくれるはず」

「多少の無理をしても、約束は守ってくれるはず」

「うれしい出来事だから、一緒に喜んでくれるはず」

「年下なんだから、気を遣ってくれて当然」

「上司なんだから、聞いたらやさしく教えてくれるべき」

こういった期待を無自覚に抱いていて、

期待通りにならないと、イライラしたり悲しくなったりします。

 

みなさんは、どういったことを周りの人たちに期待していますか?

自分が抱いている相手への期待に目を向けていくことで、

イライラしたり悲しい気持ちになっている出来事への受けとめ方が

また違ってくるのではないかなあ、と思っています。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 

 


2018.12.06

ひとの生き方、私の生き方。

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気がつけば平成30年12月で、今年も早や最後の月ですね。

今年の12ヶ月、みなさんにとってどんな月日でしたか。

 

実は私は、“目標に向かって一生懸命頑張る” “計画を立てて過ごす”ということが、苦手です。

時によって、「できるならそうしたいなあ」と思うことはあるのですが、

「しなきゃいけない」と思うと、びっくりするほどやる気が起こらなくなります。笑

なので、一生懸命頑張ったり、計画を立ててたくさんのことをこなしている方をみると、

「本当にすごいなあ」と尊敬しています。

私は、気ままなんです。

 

先日、知人と会う機会がありました。

知人の奥さんは、いつもてきぱき作業をされてて、行動力もあって、

自営業も手伝ってらして、この間はご自分でお着物もお召しになられていました。

「すごいなあ。私には全然真似できないなあ。」と口にすると、

知人が「うちの奥さんはそうしかできないからそうしてるだけですよ。

気ままな人だからこそできることもあるでしょう?」

と、言いました。

その言い方は、私を励まそうとしているような感じではなくて、

「燃えるごみは燃えるごみ専用のゴミ箱に捨ててください。

 空き缶は空き缶入れに捨てましょう。」というような、

“あっさり” した言い方でした。

 

そう言われて、ちょっと心がスッキリしました。

自分にできないことができる人をみていて、

私は「私もそうしなきゃいけないんじゃないか」という気持ちになっていたんですね。

「私も同じように頑張る努力をしないといけないんじゃないか」と

どこかで心がざわざわしていたのだと思います。

けれど、相手からすれば、性格や性質上、そうしないと気が済まないようだったのです。

“そういった風な生き方がその人の生き方というだけで、

それはそれでいい面もそうでない面もあるだろうし、

私は私の生き方でいい面もそうでない面もあるだろうし、

それぞれの生き方で生きたらいいじゃないですか”と、

知人は、そういった捉え方をしていました。

私が勝手にいろいろ思って心がざわざわしていただけで、

現実は私が勝手に思っていたこととは違うものだったのです。

 

そのことに気づいても、私にないものをもっている人はやっぱり魅力的で、

そういったところを今後も尊敬することに変わりはないのですが、

必要以上に比べたり、自分を“できない”と思ったりしなくていいんだなあ、と思いました。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 


2018.11.27

ぜんぶ。

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今年逝去されたさくらももこさん。

きっと、みなさん、さくらさんの作品に触れたことがあると思います。

先日、ニュースで知ったのですが、

さくらももこさんの「ぜんぶ」という詩が

合唱になっているんですね。

 

ぜんぶ

大切なことは
ぜんぶここにある。

泣くこと 笑うこと
怒ること 喜ぶこと

あたりまえの気持ちは
あたりまえのものとして
そのまま 今ここにある。

もうどこへも行かなくても
なんにもしなくても
どこへ行っても
何をしても
ぜんぶそのままだ。

引用:さくらももこ著 「まるむし帳」 集英社文庫

 

生きているといろいろな気持ちに出会います。

泣いたり、怒ったりするときって、

恥ずかしかったり、悔しかったり、悲しかったりするものです。

そういうときに、

「ああ、こんなんじゃダメだな」 「元気ださないと!」

と、今の気持ちではいけないように思うこともあるかもしれません。

 

この詩を読むと、

今、わたしが抱く気持ちは

あたりまえなんだなあ、と、思います。

 

なんにもしなくても

何をしても

きっと、わたしはわたし。

大切なものはずっとここにあって、

何かで価値が変わるものではないんだって、

教えてくださっている気がします。

 

さくらさんの詩、

みなさんにはどのように響きましたか?

 

 

臨床心理士 間塚

 

 


2018.11.19

心を開いたり、心を守ったり。

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みなさんは、特定非営利活動法人Fineをご存知ですか?

Fineは不妊を体験している方々のセルフ・サポートグループです。

目を通された方もおられるかもしれませんが、

Fineの代表、松本亜樹子さんのコラムが掲載されていたので、リンク先を紹介します。

“不妊のことを一人で抱えないで”、というメッセージです。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181112-OYTET50037/?catname=column_matsumoto-akiko

 *うまくリンクが繋がらないようですので、

  アドレスを直接入力してご覧くださると幸いです。

 

以前に比べると、

自分の状況を誰かに話している人も多くなってきたように思います。

話すときに勇気がいることもあったでしょう。

みなさんからおうかがいすることを思い浮かべると、

話している方は、気持ちを出せている分、

主体的に行動できている印象があります。

話していないと、

隠したり、気づかれないようにしたり、というところに気を回す必要があるので、

気持ちにゆとりがもてなかったり、考え過ぎてしまうこともあるかな、と思います。

けれど、「傷つきたくない」 「相手になんて思われるか不安」という想いもあるでしょうし、

自分の心を守るために話さないようにすることもありますよね。

 

私はこの記事の中の、

“不妊治療で2年通院している方が、講演後に松本さんのところにいらして、

「今まで一度も泣いたこともないし悲しいとも思ったことなかったのに」と言いながら涙を流された”

というエピソードが特に心に残りました。

“悩んでいること”、“つらいと思っていること”、“悲しいこと”などと、

カテゴリーをつけてしまうと、ピンとはこないけれども、

誰かの話を聴いている中で、自分の中にある琴線に触れて実感したり、

ただ話をしている中で、自分がどういったことを感じているのか、少し実感できたり、

そういったことってあるなあ、と思います。

 

自分を守るために心を防衛することも、その時を過ごしていくのに必要だったりします。

適度な防衛にプラスして、

時折は、心を守っている鎧を脱いで解放してあげる時間もあるといいですね。

 

 

臨床心理士 間塚

 

 


2018.11.13

命のはじまり。

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体外受精で受精卵ができると

受精卵の写真をお見せしながら状態を説明しています。

受精卵の写真を見て、

神秘的な気分になったり

感動される方はたくさんおられます。

自分たちの新しい命のはじまりが

そこに写っているのですから、

それは特別な想いがすることでしょう。

 

タイミングや人工授精では、“妊娠”が命のはじまりのように思いましたが、

体外受精では、受精卵で2人の命のはじまりを見ることができ、

移植のときに受精卵が子宮に戻る様子をモニターで確認していただけます。

移植してから「お腹の中にあの卵がいるんだなあ」と思ったり、

お腹にいてくれるだろう卵に向かって話しかけたりすることもあるでしょう。

受精しているかどうか分からなかった人工授精までとは、

判定日までの日々も違った心持ちだと思います。

たくさん想いを馳せられることでしょう。

そして、残念だった場合も、

「流産ではないけど、卵を育ててあげられなかったなあ…。」

というふうに思えることもあって、

それは人工授精までとは違った感覚だとおうかがいしています。

 

体外受精をされた方だから分かる体験があるのだな、と思います。

受精卵に出会えることは体外受精をされた方の特権で、

そのことを誇りに思ってらっしゃる方もたくさんおられます。

そういった話をおうかがいすると、

心に、じーーーんっ、と響くものがあります。

 

 

臨床心理士 間塚

 

 


2018.11.02

旦那さんの気持ちと似ていたのかな。

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個人的なことですが、

この数ヶ月で知人を2人なくしました。

私はそのときに2段階の悲しみを味わうことになりました。

1段階目は、知人をなくした悲しみ、

2段階目は、知人と深い関係だった人が悲しんでいることへの悲しみです。

どちらのときも、私は、なくなった知人よりも

知人と深い関係だった人との親交が深く、

告別式が終わって数日後にその人と会う機会がありました。

けれど、深く悲しんでいる状態のその人に

「励ましてもホッとするわけでもないやろうなあ」と想像をすると、

私から言えることなんて何もなくて、

過ぎていく時間をともにするだけでした。

“ずーん”と沈んだ雰囲気のいつもと違う状態のその人といて、

その人の気持ちに思いを馳せると悲しくてやりきれなくて、

私の方も肩が重くなっていって疲れていきました。

一緒にいてもその人の悲しみって埋められるものでもありませんし、

何もできない自分が苦しくてつらかったです。

 

人をなくすことと、妊娠を希望していることは、別のことなのですが、

私はふと、なくなった知人と深い関係だった人と一緒にいる自分が、

妊娠を強く希望している奥さんが苦しんでいることにつらさを感じている旦那さんと

同じような感覚なのではないかなあ、と思ったのです。

「なくなった知人-知人と深い関係だった人-私」と

「妊娠を希望していること-奥さん-旦那さん」という関係性が

似ているところがあるのではないかなあ、と。

私はその人が悲しんでいることに対して何もできないことを苦しく思ったのですが、

旦那さんの中にも「僕は精子出すだけやしなあ」と、

他に奥さんの苦しみに対してアプローチができずに歯がゆく思う人もいるのではないでしょうか。

 

旦那さんの中で、奥さんにどうしてあげたらいいのか、と考えている方はとても多いです。

「毎日必死で体温はかって、生理前はすぐ怒るし、生理になったら落ち込むし、

そうやって苦しんでいるのを見ているのもつらいし、

僕だって子どもはほしいけど、そこまで苦しい思いをしてまで、頑張らんでも…。

2人でも幸せといえば幸せだし、そんなに思いつめなくてもいいんじゃないか。」

と、いう旦那さんの声をよくおうかがいします。

旦那さんは奥さんにもう少し楽な気持ちになってもらえたら、と、

「焦らなくてもいいよ」 「別に2人でも幸せだよ」と伝えたりするのですが、

そういうと旦那さんは奥さんに、

「私ほどは子どもを欲しいと思ってないのね」

「私は、今すぐ子どもが欲しいし、1年、2年ものんびり待てないよ」

と、言われたり、思われたりすることもあるようです。

そうすると旦那さんは、もう何が正解なのかわからなくなってしまう、と。

旦那さんは旦那さんなりに奥さんを想って言ったことなのですから、

それで奥さんが怒ったり泣いたりすることがあると、

何も言えなくなるし、妊娠のことに自分から触れるのも怖くなってしまうかな、と思います。

 

妊娠のことはご夫婦2人のことで、

2人で同じ気持ちで臨めたら心強いだろうとは思います。

ただ、お互い性格も考え方も違いますし、

どんな局面でもお互いが全く同じ気持ちということはないでしょう。

通院、内診、採血、服薬などの負担は奥さんの方が大きくなるでしょうし、

妊娠も奥さんの身体で起こる反応ですから、

旦那さんと奥さんでは、負担も取り組み方も違ってくるかと思います。

旦那さんには旦那さんの妊娠を巡る大変さが、

奥さんには奥さんの妊娠を巡る大変さが、

それぞれにあるのだなあ、と思います。

 

 

臨床心理士 間塚

 

 


2018.10.22

性生活とのおつきあい

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妊娠していくのに性生活は大切ですが、

実は性生活で悩んでおられる方は多いのです。

 

妊娠のために排卵にあわせての性生活が続くとつらくなったり、

結婚後や出産後などに少なくなっていったり、

結婚するまで性生活の経験がなかったり、

夫の勃起持続や膣内射精が難しかったり、

性交痛がひどかったり、

パートナーに対して性欲が湧かなかったり、

パートナーはいい人だけど性生活は合わなかったり、

困っておられる状況はそれぞれです。

 

そういったことって本当のことを口にしにくくて

どうしても呑み込んでしまいがちかと思います。

 

性生活のハードルが高い場合、

性生活をもたなくても妊娠はできます。

そのために通院をする方も少なくはありません。

だから、妊娠したいからなんとしてでも性生活をもたなきゃいけない!

というわけではないんですよね。

 

一方で、

性生活は妊娠のためだけにあるわけではないという考えもあります。

そういった考えをお持ちの方は、

「このままでいいのかなあ」

「この先、何十年もこの状態なのかなあ」と思うと

心がざわざわするのではないでしょうか。

 

人間として生を受けた私たちにとって、

自分にとっての性生活とどのようにつきあっていくのかということは、

とても大切なことだと思うのです。

「こうしたら満足いく性生活になるよ!」というようなアドバイスをするのは難しいですが、

どういったことに困っていて、どうしていくことができそうか、

どうなっていきたいのか、など、

一緒に話しながら考えていきたいなと思っていますので、

そういったこともお話にいらしてくださいね。

 

 

臨床心理士  間塚

 

 


2018.10.16

いつもより丁寧に伝えてみる。

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誰かとのやりとりで、

自分の気持ちや主張したいことをなかなか言えないこともあるかと思います。

そういった場合は、

「こういう場合は、自分から言わなくても相手が自分の気持ちに気づいてくれるはずだから…」と

相手に甘えている場合もあるでしょうし、

「私の気持ちを言ったら相手が傷つくかもしれないし」と

気を遣って言いにくい場合もあるでしょう。

そして、自分が思ったことを伝えることで、相手を困らせるかもしれないし、

断られるかもしれないし、そうなると自分が傷ついてしまうから怖くて言えない

という場合もあるかと思います。

 

ちょっと振り返ってみていただきたいのですが、

誰かに何かを伝えるときに、

主張したいことだけを言ってしまって、

どういった気持ちでそういう気持ちになったのか

どういう意図でそういった質問をしたのかということまでは

伝えられていないことはありませんか?

 

夫婦間ではよくあるやりとりなのですが、

「なんで最近忙しいの?」と、奥さんが旦那さんに尋ねたとします。

(ちょっと話が逸れますが、「なんで?」「どうして?」は、

 相手には責められているように聞こえることが多いです)

旦那さんがそのとき「奥さん、なんか怒ってるんかな?」と思うと、

「今、大きい仕事が重なってるし、会議も続いてるから」と、

“会話を切るように”答えるかもしれません。

すると、その雰囲気から奥さんは「忙しいと話もしてくれない」と思ってしまって

「ふ~ん」と返事をして会話が終わる可能性があります。

もし妊娠のことや、通院のことで何か話したいことがあったんだとしたら、

「旦那は私よりも妊娠のこと、真剣じゃないんだ」と思って

孤独感が増したり、怒りが湧いたりするかもしれません。

今の状況や気持ちを伝えて「私はこうして欲しい」と言ってみることは、

なかなか難しく勇気がいることかもしれません。

けれども相手にとっては、あなたが何を思って何を考えているのか、

ちゃんと言ってもらわないと分からないものです。

 

自分から言わなくても相手に汲み取ってもらえたら楽ですし、

傷つけたり傷ついたりもしたくないものですが、

言わないことで傷ついたり苦しくなったりすることもあります。

どんな想いをしているからどうしたいのか、ということを、

押し付けるわけではなく「私はこう思っているよ」という温度で

伝えていけるといいですね。

 

臨床心理士 間塚

 

 


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