
桜の開花が始まりました。
桜の季節は、通勤の道を歩くのにも
なんだかごほうびをもらっているような
こころが喜んでいる感じがします。
週に1度参加している研修で
参加者の誰かが10分間発表をする機会が回ってくるのですが、
先日の担当がわたしだったので
先週1週間はその発表の準備に意識が向いていて
発表中はずっと、心臓が大きく拍動していました。
発表がうまくいったかというとそうではありませんでした。
その後、参加者全員があるテーマについてコメントする機会になったとき、
わたしは胃痛に襲われました。
わたしは、みんなのまえで発言したり何かをするということを
苦手だと思っていますし、とても緊張するのです。
胃痛に苦しみながらも
「わたしのからだが、ストレスがかかってるって教えてくれたんだなあ」
と、思いました。
結局、胃痛は30分程度続き、
ゆるやかに治まっていきました。
翌朝、いちごを食べようと、
冷暗所からキッチンに持ってきたら、
なんだか、いちごの様子がちょっとおかしいことに気づきました。
「あれ?カビが…生えてる…」
そこでわたしはハッとしました。
なぜなら、前日の研修が始まる45分くらい前に、
このいちごを2つ食べたからです。
このいちご、箱に一粒一粒並んでいるものだったので、
比較的大きめのもので…
「あの胃痛はもしかするとストレスじゃなくて…いちご??」
と、新たな可能性に思い当たりました。
果たして、あの胃痛はストレス反応なのでしょうか、
それとも、カビが生えたいちごを食べたからなのでしょうか、
またその他の可能性も考えられるのでしょうか。
このことでわたしにとって印象深かったことは
胃痛の原因が何かということではなくて、
胃痛が起こったときに
「あ、ストレス反応だな」
と信じて疑わずに
他の可能性が全く過らなかったことです。
一般的には、お腹が痛くなったときに
「なにか悪いものでも食べた?」
と、考えてみるものかもしれません。
しかし、あの状況では、全く考えませんでした。
それだけ、研修の発表に意識が向いていて、緊張も続いていたことを
自覚していたのだと思います。
こういったことって、実はわたしだけでなくて、
みなさんも体験されたことはありませんか?
例えば、
「今周期排卵しなかったのは、職場のストレスのせいだと思う」とか
「流産になったのは、引っ越しでバタバタしてたから…」とか
そのときの状況を照らし合わせて
「これが原因だ」と思うことはよくあることかもしれませんね。
原因は、わたしの胃痛と同じで、
実は想定しているものと違ったり
じぶんの脳内に浮かんでいないものだったり
特定できないものだったり
決定づけることがむずかしかったりします。
ですので、自分の中でなにか原因が思い当たるようなときに
「わたしがこの状況にうまく対応できなかったからかもしれない…」
などと、自分を責めすぎたりせずに、
むしろその状況に身を置いて頑張っている自分を労ってみてはいかがでしょう?
起こったことは起こったことで
それはそれとして受け止めていきたいところです。
ただ、そのことが気になっているようでしたら
一度、そのことについて
他の可能性、自分の思い、気持ち、そのときの身体感覚、行動などを
整理してみられるのもいいかもしれませんね。
そして、また、たんたんと、今周期のことに意識を戻していきましょう。
公認心理師・臨床心理士 間塚