先日、生殖心理学会に参加してきました。
私は、その中で、
「パートナーと一緒になるところが家族のはじまり」
という話が印象に残りました。
私たちの記憶には、
親をはじめとする養育者から育てられた経験があって、
その育ててもらった集合体を自分の家族だと思っている人が多いと思います。
けれど、親は選べないので、
認識上は家族であっても、心の中では家族とは思いたくなかったり、
親の愛情が重すぎて困ったりということも少なくはありません。
「だから、あなたの家族はあなたが選びましょう。
あなたが選んだパートナーとのユニットがあなたの家族のはじまりです。」
という話でした。
そして、自分の家族がどういったかたちであろうと、
そのかたちで存在していいはずだと、強調して仰ってました。
どういうことかと言うと、
世の中には、夫婦と血のつながりのある子どもがいる家族もいれば、
夫婦どちらかと血のつながりのある子どもがいる家族、
夫婦どちらとも血はつながっていない子どもがいる家族、
夫婦の性がいわゆる男女ではない家族、
夫婦2人の家族、
夫婦どちらかと子どもの家族…
いろんな家族のかたちがあります。
けれど、人によってはマジョリティではないかたちであることで
肩身の狭い想いをされることもあるかもしれません。
また、マジョリティにいる人たちは、
悪意がない場合もあるとは思いますが、
マイノリティの人に対しての視線があたたかくないことがあります。
けれど、これはあってはならないこと。
どんなかたちであってもいていいはずなんですよ、
と、強く訴えておられました。
私たちは、マジョリティを目指しているわけではなくて、
ただ自分の想い、生き方に素直に選択していっているだけです。
選択したことに対しては、
自分が一番誇りを持っていたいものです。
たとえ、誰かに認めてもらいにくいことであったとしても。
パートナーさんと2人で選んだ選択に
誰もが誇りを持って生きていられる世界であるべきだと思います。
マイノリティとかマジョリティとか、
どっちであってもいいなあ、と思っています。
だって、大事なのは、そこではないですもの。
臨床心理士 間塚