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暑中お見舞い申し上げます。
猛暑であり酷暑な毎日ですね。
当院は幸い草津駅の東口からすぐのビルにあるので
お車の方も電車の方も
日差しが当たる道を長く歩いていただかなくてもいいのは
少しばかりですが救いになるところかと思っています。
無理せず頑張りすぎずに、夏を乗り切っていきたいところですね。
さて、妊娠のためにできることとして、
ご自分たちで取り組めることと
医療のサポートを借りてできることがあります。
不妊治療をしている病院に通院をされると、
不妊につながる要因がないか検査をしながら
タイミング療法といって排卵直前の時期を卵胞の大きさなどから予測したり、
必要に応じて人工授精や体外受精といった方法で妊娠を待つこともあります。
「じゃあ、どこの病院に行っても、やることは一緒かな?」
というところなのですが…
他の病院に通院している方の話をおうかがいすると
「すすめられることって病院によって変わることもあるんだなあ…」
と、思うことがあります。
ですので、不妊治療を経験している人の体験談を聞いたり
SNSなどで内容を読んだりすると
「わたし、それやってないけど、なんで?」
「え?わたしの病院では、おすすめされなかったけど、
積極的にすすめる病院もあるの?」
なんて混乱することもあるかもしれません。
そんなときは
どちらの病院に通っておられるみなさんも
もし聞けそうだったら
先生にちゃんと確認してみることをおすすめします。
このことは本当におすすめです。
頼りにしている先生だからこそ
聞きにくい気持ちもあるかもしれませんが、
どんなことに引っかかっておられるのか
言葉にしてみないことには
周りの人も気づけないので
是非、声をあげて確認してみてください。
また、セカンドオピニオンに出向くのもひとつですね。
病院によってすすめられることが違う可能性があるので
視野が拡がることもありますし、
また他の先生から今の治療についてご意見いただくことで
状況をより客観的に理解できるようになることがあります。
どんなすすめ方であってもとにかく出産までいってくれればいい!
という方もおられるし、
妊娠はもちろんしたいけども
「じぶんのための治療なのに、本当にそれでいいのかわからない」
と、納得してすすめていくことを主軸にしたい方もおられると思います。
「あれ?なんか納得できていないかも、わたし」
「どうしていいのかわからないかも…」
なんてとき、情報が必要な方は先生に相談してみてください。
情報はしっかりもらったけれども
こころがモヤモヤしてそう…っていうときは、
当院に通院中の方も
他院に通院中の方も
心理カウンセリングでおうかがいしています。
何が引っかかっているのか、
どんなふうにその引っかかりが変わっていくのか、
一緒に探索してみましょう。
臨床心理士・公認心理師 間塚

梅雨が明けた途端に
暑い夏にガラッと変わりました。
からだは、まだこの変化に慣れていないと思いますので、
十二分にからだの安全を優先してお過ごしくださいね。
さて、今日はパートナーさんとのやりとりについての一側面について
お話してみようと思います。
妊娠については
身体的にも精神的にも社会的にも
女性への負担が大きいですよね。
このことに関しては
おそらく男性側も承知しておられると思います。
そのため、妊活のことや通院のことをパートナーさんにお話すると、
「負担がかかるのはあなただから、あなたがしたいようにしていいよ」
と、答えられることもあるかと思います。
パートナーさんとしては
ご自分たちの将来のことではあるものの、
「相手に負担を強要できない・したくない」
という思いが働いてのことでしょう。
また、もしかしたら、子どもをもつことを希望する度合いが
お二人の間で全く一緒ではないこともあって、
パートナーさんの希望の方が控えめな場合は
“ぼくにできることは協力するし、進め方は相手にお任せする”
というスタンスに落ち着かれるのかな…と、想像しています。
といってもこれは一例なので
状況はカップルによってそれぞれ異なってくるでしょう。
みなさんは、今、どんなふうに歩みをすすめていらっしゃるでしょうか?
治療のことをパートナーさんとシェアしたいとき、
パートナーさんに状況や気持ちを話していると
「じゃあ、こうしたらいいんじゃない?」
「それで、ぼくはどうしたらいいの?」
と、応答してくださることがあると思います。
大切な人に何かを相談されたり
また、目の前の人が我慢していたりしんどそうにされているとき、
何かアドバイスをしたり
ご自分がすべきことを確認したり
ご自分が何かをすることで解決しようとすることは、
とても大切な選択です。
このようなパートナーさんの応答からは
「この状況がどうか光の見える方へ…」
と願っておられる気持ちがあることが
受け取れますよね。
時には、
「アドバイスや解決法っていうよりも
思っていることを聞いてほしいなあ」
「この注射、打つのこわい、痛いって分かってほしいなあ」
「仕事を調整してもらって気を遣ったことを知っていてほしいなあ」
というように、
「何かをしてほしいっていうよりも
ただご自分の負荷を理解しておいてほしかったり
労わってほしいだけ」
ということもあるかと思います。
そういうときって
全うなアドバイスをしてもらっても
雑音に聞こえてしまうことがあるんですよね。
ただ、パートナーに話したいし
パートナーは聴いてくれるだけでいい!という願いは、
もしパートナーさんの引き出しにそういった関わり方が入っていない場合
なかなか難しいことがあります。
わたしたちって、誰かの話を聴いているときに、
自然と自分の意見が湧いてきたり
何がいいとかよくないとか考えたりしますので、
そのことを伝えたくなりがちです。
それに、「聴いているだけで、相手のためになっているのかな」
と、心もとない気持ちになることもあります。
“聴いてほしいだけ”
“労ってほしいだけ”のときは
最初からそのように伝えてお話してみることと、
お話したあとに
聴いてくれたことに感謝の意をお伝えすること、
これを繰り返していると
相手にも「聴くことだけで役に立つんだな」
という実感が生まれてくるかもしれません。
公認心理師・臨床心理士 間塚

Brian Diasさんという神経科学者でトラウマ研究をされている方がおられます。
先日、研修で彼のPod Castでのインタヴューが取り上げられていて、
とても興味深かったので、彼が話したことと、私が思ったことを書いてみようと思います。
実は、ホロコーストや9.11同時多発テロ、
その他歴史上で起こった飢饉などの後に集められたデータから、
祖先世代が置かれた環境は
子孫世代に深い影響を与えることが分かっているそうです。
たとえ、その子孫自身が、そういった残虐行為や環境経験を直接体験していなくてもです。
Brian氏がトラウマの遺伝に関するマウスを対象に行った実験で、
第1世代(祖先)に特定の「匂い」と「恐怖ストレス」を結び付けると
ストレスの情報が精子中のRNAを介して記録され
第2世代(子孫)はその匂いに対して他の匂いよりもより感受性が高くなる
という結果を示したものがあるそうです。
トラウマ体験って、その人が生まれてからその人の身に起こったことが
その人のこころや行動・反応に影響を与えて、
そして、その人のトラウマ体験による行動や反応から
次の代も影響を受けてしまうものと思っていましたが、
この研究ではその人が生まれる前の世代が受けたトラウマが
遺伝レベルでその人の代へ影響するかもしれないということを示唆しています。
実は、わたしは、小さい頃から光や大きな音に過敏で、
小学校に入る前あたりまでのフラッシュがたかれた写真は
ほぼ全て目をギューッと瞑っていますし、
打ち上げ花火も遠くからしか見れませんでした。
今は写真も花火も大丈夫になりましたが、
雷に関しては子どもの頃から今になっても敏感で
雷が光っただけで身体がビクッとして反射的に耳に手をあてて縮こまってしまいます。
わたしの記憶には
光や音に反応してしまうようなトラウマ体験はなくて
親に聞いても特に思い当たることはないとのことで、
(もしかしたら何かあった可能性は残しながらも)
「わたしは前世で、爆弾を落とされるような体験をしたんじゃないかな?」
と、前世の存在は信じていないものの、そう思うこともあったんですよね。
もしも、このマウスの実験が人間にも当てはまるのなら、
わたしの祖父は召集されていましたので
そういった祖先のトラウマ体験が遺伝として受け継がれているかもしれないんだなあ…
と、不思議ですが、わたしの体験に少し納得できるような感じがしました。
どうでしょうか?
みなさんにも「何かあったわけじゃないけど、このことには他の人より反応しちゃうなあ」
なんてことはありませんか?
精子や卵子、胎児発生中の細胞、そして私たちの体内の細胞までもが、
私たちがさらされている環境の情報を記録しうることが今の時点では分かっているそうです。
「わたしはどうして、こういう性質を持っているのだろう」と思うことがあったかもしれませんが、
それはもうわたしが与かり知らぬところで自然発生的に受け継がれ、
そのDNAが自分の人生で読まれたということなのかもしれません。
わたしはこのことを知って非常に驚いたのですが、
みなさんはいかがでしょうか?
わたしたちの身体や性質までもが
わたしの責任範囲ではないところがあると思うと、
少し気が楽に感じるところがあるかもしれませんね。
とはいえ、わたしたちはこの身体を、性質を、
今生で乗りこなしていくことになります。
では、何ができるのか、なのですが、
金銭的な資源、栄養の資源、安全な環境、有害物質のない生活環境など
わたしたちには、多くの資源がありますよね。
これらの多くの資源は、生物学に組み込まれていると考えられています。
わたしたちに用意されている資源も
わたしたちをつくる一つの要素ということだと思います。
そして、わたしたちに用意されている豊かな資源を利用することによって
わたしたちにより健やかな相互作用が起こり、
引き継がれたトラウマ体験に対して
保護的な働きをもたらせる可能性があるそうです。
最後にDiasさんは
「運命は決して固定されない。
変わる力は自分の中にある。
悪い日があっても、それが自分そのものではない。」
と、仰っています。
出典:MIND&LIFE PODCAST
Brian Dias -Epigenetics and Intergenerational Trauma-
臨床心理士・公認心理師 間塚

妊娠を望まれる中で
親しい友人や親族の方が妊娠されたことを知ったときに
ほとんどの方がこころへの衝撃や動揺を体験されています。
「自分は自分だから。」
と、頭の中では考えるものの、
こころはモヤモヤしたり、ぐちゃぐちゃしたり、
からだがヒヤッとしたり、ドキドキしたりしていて、
とにかく冷静な自分でいられなくなると
多くの方からおうかがいしています。
そしてそのことに対して
「わたしの方が早く治療始めたのに先に妊娠するなんてずるい!」
「友達の喜びを一緒に喜んであげられない自分が嫌」
という思いが付随することで
余計に苦しみが増えていきます。
こういったことは、本当によくあります。
これが普通の反応と言っても過言ではないかもしれませんね。
ところで、唐突に思われるかもしれませんが、
仏教には、「二の矢」という教えがあります。
わたしたちに苦しみをもたらす矢には、第一の矢と第二の矢があって
第一の矢は、避けられないことによる苦しみを言います。
例えば、病気やケガ、ご不幸事もそうですし、
他人が妊娠していくこともそうとも言えるでしょう。
そういったことが矢となって受ける苦しみは自分では避けられないものです。
第二の矢は、第一の矢に対する思いや考え、こころの囚われによる苦しみなんですね。
病気になったときに、
「わたしが不摂生したからだ」「あの人にストレスを与えられたからだ」
と、自分を責めたり相手を責めたりする。
そういった怒りは更に
「どうしてそんなことをしたの?」「わたしを何だと思ってるの?!」
などと次の怒りを生み出していったりして、
こころがそのことから放れられなくなっていきます。
みなさんもこういった体験をなさったことがあると思います。
わたしもあります。
この「第二の矢」は、第一の矢とは違って
自分の受け止め方で避けることができると説かれています。
一本めの矢を受けた痛み、苦しみ、悲しみがある。
それはあるのですけども、
そこから更にいろいろ思ったり執着したりして二本めの矢を受けないように、
痛みがある、苦しみがある、悲しみがある、
そこで留まっておきましょうということなのです。
悟りをひらいた方は、二本めの矢は受けないでいられるそうです。
仏教では無我になる修行をしてますから
評価や判断、こころの執着を手放す力が養われるのでしょう。
わたしたちは修行をしていませんので、
すぐに、二本めの矢を受けないでいるようになることは
なかなか難しいかもしれませんが、
二本めの矢は自分で作り出しているものです。
もし何か「キーーーーッツ!!」となったり、
こころがいつもよりも静まらなかったり、
からだがいつもと違うよとサインを出してくれるときには、
「さて、今のわたしには、どんな矢が刺さっているのかしら?」
「どの痛みは一本めの矢で、どの苦しみが二本めの矢なのかしら?」
と、ご自分の状態を見つめてみられるだけでも、
少し客観視できて、こころにスペースが生まれるかもしれませんね。
公認心理師・臨床心理士 間塚

もしかしたら、10日までゆっくりお過ごしできる方もおられるかもしれませんが、
ゴールデンウィークが終わっていきましたねえ。
みなさんは日頃の疲れを回復できるほど
十分休まれたり、またリフレッシュされたでしょうか?
草津レディースクリニックは、カレンダー通りに診療を行っています。
連休明けは、いつもより電話が多くかかってきていたように思いますし、
新しくご予約いただく方も次々とおられて、
このお休みの間に、みなさんの中でも何かお気づきになられたり、
何かを変えてみようと思われたり、
行動をに移そうというタイミングがやってきたりと、
いろいろなこころの動きがあったのでしょう…
と、想像しております。
ところで、ゴールデンウィークで十分に休んだからといって
休み貯めってできないものですよね。
また、次の連休までアクセルを踏む続けるとなるといかがでしょう?
途中でエネルギーが枯渇してしまいそうなイメージや
こころのゆとりを失ってしまいそうなイメージが浮かんできたりします。
おやすみがあることはとても大事でうれしいことですが、
やはり日常生活がどんな感じなのかが大切で、
無理をしながらなんとかこなしている感じなのか
ややチャレンジしながらだけど無理なく過ごせているという感じなのか、
そういった加減を調整していくことで変化していくことがあります。
わたしたちはくらしの中で
「あれもこれもしないといけない」
と、思っているところもあって、
なにかできなかったことがあると
「ああ、あれできなかった…」
と、悲しくなったり自分をダメだと思ったりすることがあります。
ただ、これは脳がそのように働いただけで、
実際はあれもこれもやらなくても十分暮らすことができます。
「あれをしないと」と思っていることも
やらなくても大きく差し支えがなかったり
変わりに誰かがやってくれたり、
そんなこともあるものです。
いつの間にかパターン化してしまったり
「これしないと!」と思って習慣化していることも含めて、
一度、いつもしていることをしないことを選択したりして、
ご自分がどう感じるのか
生活はそれでどうなったのか、
実験してみられるのもおもしろいかもしれませんね。
そして、今、ご自身のくらしがご自身にとってどんな感じなのかを
カウンセリングで一緒に振り返ることもできますので、
もし、よろしければ、やさしく好奇心をもって、見つめてみませんか?
臨床心理士・公認心理師 間塚

桜の季節が去って、まだ4月なのに来週から初夏と天気予報が言っています。
もう少し、桜の余韻を楽しんでいたいのですが、
地球は地球の歩みがあるようですね。
一歩一歩の歩みに注意を向ける「歩行瞑想」というものがあるのですが、
まずゆっくりと歩行瞑想をしながら身体の感覚に注意を向けて、
その次に、早足で歩いてみたとき身体はどうなっているのかということに注意を向けてみました。
早足で歩いてみると、かかとから“ドンドン”と大きな音を立てて歩いていて、
身体には力が入っていて、膝が使われていないようなお尻から下が棒になっているような歩き方でした。
次に、「口角を上げて」同じように早足で歩いてみました。
さて、先程の早足歩行とは、違いがあったと思いますか?
違いがあったとしたら、どんな違いだったかと思われますか?
わたしの中では、早足歩行と「口角をあげて」の早足歩行では歴然とした違いがありました。
口角を上げて歩くと、足取りが軽くなり、
しっかり膝を上げて歩いているような感覚がありました。
もしよろしければ、みなさんも一度実験してみてください。
瞑想という言葉はちょっと横に置いておいていただいてかまいませんので、
表情を意識しないゆっくりとした歩行の感覚を味わったあとに
いつもの早足の感覚を味わって
その次に、口角を上げて早足で歩いたときの感覚を味わってみる…。
できたらもう一度繰り返して、それぞれの感覚を感じ取りましょう。
いかがでしょう?
それぞれ、どんなことにお気づきになられたでしょうか?
わたしたちの表情は、脳から顔面神経への指令によってつくられますが、
逆に表情をつくることで顔面神経からの信号が脳に働きかけることもできるようです。
口角を上げるとそのときの活動がより楽しく感じられたり、
気分が向上したりするといった研究報告は複数あります。
幸福な気持ちを感じながら笑っている人の脳をfMRIで見てみると、
前頭前野の特定の部位に反応が見られるのですが、
同じ様に、普通の心理状態の人が笑顔を作った様子をfMRIで見てみると、
幸福感がある人と同じ脳の部位に反応が見られるそうです。
そして、笑顔を作ることで、
意欲や快感の感情を司る「ドーパミン」の分泌が活発になると言われています。
今この瞬間に、何かおもしろいことを体験していなくても、
幸せを感じたり、やる気が出ていると実感していなくても、
わたしたちの表情をその感情を感じているときのように作ることで
そういった感情を感じているときのように脳が働いてくれるのですね。
日常生活の中で、わたしたちの顔には
特に眉間や口元に知らず知らずのうちに
力が入っていることがあります。
日々の活動の中で、時折、
「口角を上げる」「笑顔を作る」
という表情筋へのアプローチを試みる習慣を取り入れてみられると
これまでとは少し違ったこれからになっていくかもしれませんね。
一緒に実験してみませんか。
臨床心理士 公認心理師 間塚

桜の開花が始まりました。
桜の季節は、通勤の道を歩くのにも
なんだかごほうびをもらっているような
こころが喜んでいる感じがします。
週に1度参加している研修で
参加者の誰かが10分間発表をする機会が回ってくるのですが、
先日の担当がわたしだったので
先週1週間はその発表の準備に意識が向いていて
発表中はずっと、心臓が大きく拍動していました。
発表がうまくいったかというとそうではありませんでした。
その後、参加者全員があるテーマについてコメントする機会になったとき、
わたしは胃痛に襲われました。
わたしは、みんなのまえで発言したり何かをするということを
苦手だと思っていますし、とても緊張するのです。
胃痛に苦しみながらも
「わたしのからだが、ストレスがかかってるって教えてくれたんだなあ」
と、思いました。
結局、胃痛は30分程度続き、
ゆるやかに治まっていきました。
翌朝、いちごを食べようと、
冷暗所からキッチンに持ってきたら、
なんだか、いちごの様子がちょっとおかしいことに気づきました。
「あれ?カビが…生えてる…」
そこでわたしはハッとしました。
なぜなら、前日の研修が始まる45分くらい前に、
このいちごを2つ食べたからです。
このいちご、箱に一粒一粒並んでいるものだったので、
比較的大きめのもので…
「あの胃痛はもしかするとストレスじゃなくて…いちご??」
と、新たな可能性に思い当たりました。
果たして、あの胃痛はストレス反応なのでしょうか、
それとも、カビが生えたいちごを食べたからなのでしょうか、
またその他の可能性も考えられるのでしょうか。
このことでわたしにとって印象深かったことは
胃痛の原因が何かということではなくて、
胃痛が起こったときに
「あ、ストレス反応だな」
と信じて疑わずに
他の可能性が全く過らなかったことです。
一般的には、お腹が痛くなったときに
「なにか悪いものでも食べた?」
と、考えてみるものかもしれません。
しかし、あの状況では、全く考えませんでした。
それだけ、研修の発表に意識が向いていて、緊張も続いていたことを
自覚していたのだと思います。
こういったことって、実はわたしだけでなくて、
みなさんも体験されたことはありませんか?
例えば、
「今周期排卵しなかったのは、職場のストレスのせいだと思う」とか
「流産になったのは、引っ越しでバタバタしてたから…」とか
そのときの状況を照らし合わせて
「これが原因だ」と思うことはよくあることかもしれませんね。
原因は、わたしの胃痛と同じで、
実は想定しているものと違ったり
じぶんの脳内に浮かんでいないものだったり
特定できないものだったり
決定づけることがむずかしかったりします。
ですので、自分の中でなにか原因が思い当たるようなときに
「わたしがこの状況にうまく対応できなかったからかもしれない…」
などと、自分を責めすぎたりせずに、
むしろその状況に身を置いて頑張っている自分を労ってみてはいかがでしょう?
起こったことは起こったことで
それはそれとして受け止めていきたいところです。
ただ、そのことが気になっているようでしたら
一度、そのことについて
他の可能性、自分の思い、気持ち、そのときの身体感覚、行動などを
整理してみられるのもいいかもしれませんね。
そして、また、たんたんと、今周期のことに意識を戻していきましょう。
公認心理師・臨床心理士 間塚

今週の日曜日に、TBSの「日曜日の初耳学」という番組で
林修先生のパートナーさんがゲストに来られて
妊活の授業をされていました。
林先生のパートナーさんは林裕子先生という産婦人科医で、
東京で不妊治療のクリニックの院長をされています。
番組では、妊娠しにくい要因がないかどうかの検査から
不妊治療の概要、卵子凍結など、
不妊治療のクリニックでできることを
要点をピックアップしてわかりやすく伝えられていましたが、
みなさんはこの番組をご覧になられたでしょうか?
SNSや個人の情報が流れてきたりすると
「何が正しい情報なのかわからない~!」
と、混乱することもあるものですから、
こうやって専門の方が番組で情報を流してくださると
そういった情報が欲しかった方にとっては
とてもありがたかったのではないかなあ…と思っています。
また妊活を経験していない方にも
正しく知っていただけるいい機会だったとも思います。
番組では、検査や治療の内容だけでなく
「子どもを今は欲しいと思っていなくても
その気持ちが変わることもある。」
というようなお話であったり、
「男性は検査に行くのは抵抗がある」
「女性も一緒(検査に抵抗があります)です」
というご意見であったり、
いろいろな状況のゲストの方たちとともに
妊活にまつわるリアルな心情も伝わってきたように思います。
林先生ご夫妻も、妊活のご経験がおありなのか、
林先生が「ボクも検査しましたよ。協力したつもりです」というようなことを仰ると
裕子先生が「必要最低限です」とはっきり仰るやりとりもありました。
裕子先生にとって
林先生にもっと妊活にコミットしてほしかったのか
気にされすぎるとそれはそれで苦しい感じが実はあったのか
そういったことは語られていないのでわかりません。
妊活に限らずですが
こういったことに教科書に載せられるような正解はなくて、
カップルそれぞれで適した進め方に近づいていくよう模索していくことが
そのカップルの正解になっていくのでしょうね。
「もっともっと男性にコミットしてほしい」
「生活改善も一緒に取り組んで欲しい」と
妊活に一緒に取り組みたいという方もいらっしゃいますし、
「男性にはずっといつも通りでいててほしい」
「困ったときだけ話をきいてほしい」という
少し距離をおいて見守ってもらうスタンスが安心な方もおられるでしょうし、
通院に関しても
「できるだけクリニックに一緒に通いたい」という方もおられれば、
「その分、家事を済ませておいてほしい」という方もおられます。
そして、男性がどこまで積極的になれたり受け容れたりする準備があるかというところでも
また変わってきそうですね。
その過程には、やはりコミュニケーションが大切で、
いろいろな思いがありながらも
自分にも相手にもやさしさをもって
関わり合いたいところです。
「普通こういう状況だったら、あなたはこれをするものでしょ!」
「どうしてサウナに入ったの?!」
というような、相手を主語にしたり
ときにご自分の価値観を押し付けてしまうように伝わることがあります。
「こういうときはこうしてくれると安心です」
「わたしの未来のためにも、二人のこれからを一緒に考えたいな」
など、ただご自分の願いを伝えてみるといういい方を
試してみられるのも一つかもしれませんね。
公認心理師・臨床心理士 間塚